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第5回 飽和とは?過飽和とは何か? なぜ深く長く潜るほど危険になるのか

~ダイブコンピュータが計算している「体の中の窒素」を理解しよう~

「深く潜るほど危険」は本当なのでしょうか?

ダイバーなら誰もが、

「深く潜るほど危険」

という言葉を聞いたことがあるでしょう。

もちろん、それは間違いではありません。

しかし、本当に危険なのは「深さ」だけではありません。

深さと時間。

この2つが組み合わさることで、体の中の窒素は増えていきます。

その理由を理解するためには、まず**「飽和」**という考え方を知る必要があります。

コップの水で考えてみよう

飽和という言葉は難しく聞こえますが、実は身近な現象です。

例えば、コップいっぱいの水に砂糖を入れていくと、

最初はすぐに溶けます。

しかし、入れ続けると、あるところから砂糖は溶けずに底へ残ります。

これが「飽和」です。

つまり、

もうこれ以上は溶け込めない状態

を意味します。

人体に窒素が溶け込む仕組みは砂糖水とまったく同じではありませんが、「ある環境の圧力に対して平衡状態へ近づいていく」というイメージで考えると分かりやすいでしょう。

ダイビング中も窒素は少しずつ増えていく

水中では、高い圧力のガスを呼吸しています。

そのため、

肺から血液へ。

血液から筋肉や脂肪などの組織へ。

窒素は少しずつ溶け込んでいきます。

しかし、

窒素は一瞬で体いっぱいになるわけではありません。

時間をかけて少しずつ増えていくのです。

ある時点で「これ以上増えない」状態になる

同じ深度に長時間いると、その深度で呼吸している窒素の圧力と、体の組織に溶け込んだ窒素の圧力が次第に近づいていきます。

そして、十分な時間が経過すると、理論上は平衡状態に達します。

すると、その深度に留まり続ける限り、それ以上、組織内の窒素は増えなくなります。

これが、

飽和

という状態です。

減圧理論では、十分長い時間、同じ深度に滞在すると、その深度での平衡状態に達し、それ以上は不活性ガスが増えないと考えます。

レジャーダイビングでは「完全な飽和」にはほとんどならない

ここで一つ、誤解しやすいことがあります。

実は、

普通のレジャーダイビングでは、体全体が完全に飽和することはほとんどありません。

なぜなら、人体には窒素を取り込む速さが違う組織があると考えられているからです。

例えば、

  • 血液などは比較的速く窒素の影響を受ける
  • 筋肉などはもう少し時間がかかる
  • 脂肪などはさらにゆっくり変化する

という違いがあります。

減圧モデルでは、こうした窒素の取り込みや排出速度の違いを、複数の**「組織区画(コンパートメント)」**として計算しています。

最も遅い組織区画が飽和に非常に近い状態になるまでには、理論上、数十時間という長い時間が必要になります。

通常のレジャーダイビングでは、そこまで長時間、同じ深度に滞在することはありません。

つまり私たちの体の中では、

速い組織はかなり窒素を取り込んでいる。

一方で、

遅い組織はまだ窒素を取り込んでいる途中。

という状態が同時に存在しているのです。

では、なぜ深く長く潜ると危険なのか?

深く潜るほど、呼吸する窒素の分圧は高くなります。

その結果、体の組織との窒素圧の差が大きくなり、窒素を取り込む方向への力が強くなります。

さらに、

長く潜るほど、窒素を取り込む時間も長くなります。

つまり、

深い × 長い

この組み合わせが、体内の窒素負荷を大きくすることになります。

だからダイブコンピュータは、

深度だけではなく、

潜水時間も同時に計算しているのです。

飽和すると安心なの?

ここで、

「飽和したなら、それ以上窒素は増えないから安全なのでは?」

と思う方もいるかもしれません。

実は、そうではありません。

飽和しているということは、

その深度の圧力環境に応じた量の窒素が、体の組織に溶け込んでいる

という状態です。

その深度に留まり続けるのであれば、大きな圧力変化はありません。

問題になるのは、

浮上を始めたときです。

浮上すると周囲の圧力は低下します。

すると今度は、体に溶け込んでいる窒素を安全に体外へ排出しなければなりません。

つまり、

窒素負荷が大きいほど、

減圧には長い時間が必要になる可能性があります。

これが、飽和潜水で非常に長い時間をかけて減圧を行う理由でもあります。

浮上すると体は「過飽和」の状態になる

ここで、減圧理論を理解するうえで非常に大切な言葉があります。

それが、

過飽和

です。

ダイバーが浮上を始めると、周囲の水圧は低下します。

しかし、

体の中に溶け込んでいる窒素は、周囲の圧力と同じ速さで一瞬にして減るわけではありません。

例えば、深い場所に長く滞在したあと、浅い場所へ移動したとします。

周囲の圧力はすぐに低くなります。

しかし、体の組織には、まだ深い場所で取り込んだ窒素が残っています。

つまり、

周囲の圧力は低い。

しかし、

体の中の窒素圧はまだ高い。

この状態が、

過飽和です。

過飽和は「異常な状態」ではありません

「過飽和」と聞くと、

「危険な状態なのでは?」

と思うかもしれません。

しかし、ダイビングから浮上するとき、体の組織がある程度の過飽和状態になること自体は特別なことではありません。

むしろ、

窒素を体外へ排出するためには、体の組織と周囲との間に圧力差が必要です。

体の組織にある窒素の圧力が高く、肺側の窒素圧が低くなることで、

組織から血液へ。

血液から肺へ。

そして呼気として体外へ。

窒素が移動していきます。

つまり、

過飽和によって生まれる圧力差が、窒素を体外へ排出する力になります。

過飽和そのものを完全になくすことが、減圧の目的ではありません。

大切なのは、

過飽和を許容できる範囲にコントロールすることです。

問題は「過飽和が大きくなりすぎること」

では、なぜ急浮上が危険なのでしょうか。

急激に浮上すると、周囲の圧力は短時間で大きく低下します。

しかし、体内の窒素はすぐには排出されません。

その結果、

体内の窒素圧と周囲の圧力との差が急激に大きくなります。

つまり、

過飽和の程度が大きくなるのです。

この圧力差が大きくなりすぎると、溶け込んでいた不活性ガスが気泡として現れる可能性が高まります。

イメージとしては、

ゆっくり浮上する=窒素を排出する時間を与えながら圧力を下げる

のに対して、

急浮上する=窒素を多く残したまま周囲の圧力だけを急激に下げる

という違いです。

だからこそ、

浮上速度は減圧管理の重要な要素なのです。

減圧停止は「窒素をゼロにする時間」ではない

減圧停止についても、よくある誤解があります。

減圧停止は、

「体の窒素をすべて抜く時間」

ではありません。

減圧停止の目的は、

過飽和の程度を許容範囲に保ちながら、窒素を排出する時間を確保すること

です。

一定の深度で停止することで、周囲の圧力を急激に下げることを防ぎます。

その間にも、体内の窒素は血液を通じて肺へ運ばれ、呼吸によって少しずつ体外へ排出されていきます。

そして、

次の浅い深度へ移動できる状態になったと減圧モデルが判断すると、さらに浮上します。

つまり減圧とは、

窒素を抜きながら、少しずつ周囲の圧力を下げていく作業

なのです。

ダイブコンピュータは「飽和」と「過飽和」を計算している

潜水時間が長くなるにつれて、ダイブコンピュータのノンデコンプレッションリミット(NDL)は減っていきます。

これは、

体の各組織区画に窒素がどれだけ取り込まれているか

を減圧モデルによって予測しているからです。

そして浮上時には、

その組織に残っている窒素と、周囲の圧力との関係を計算します。

言い換えれば、

どの程度の過飽和を許容できるのか

を計算しているのです。

限界を超えると予測されれば、減圧停止が必要になります。

ダイブコンピュータは、単純に、

「30分潜ったから危険」

「40mだから危険」

と判断しているわけではありません。

どの深度に、どれくらい滞在し、各組織区画がどれだけ不活性ガスを取り込み、浮上によってどの程度の過飽和状態になるのか。

それを減圧モデルに基づいて計算しているのです。

LOVE&BLUEが考える「余裕のあるダイビング」

私たちは、

「NDLぎりぎりまで潜ること」

を目標にはしていません。

ダイブコンピュータの表示は、減圧モデルに基づいて計算された指標です。

しかし、人間の体は全員同じではありません。

また、その日のコンディションやダイビング環境も毎回違います。

海況が悪い日。

流れがある日。

寒い日。

疲れている日。

そんな日は、

いつも以上に余裕を持ったダイビング計画が大切です。

NDLをすべて使い切るのではなく、

余裕を持って浮上を始める。

浮上速度をコントロールする。

必要な停止を確実に行う。

そして、自分のコンディションや環境の変化に気づく。

快適で安全なダイビングとは、限界まで楽しむことではありません。

余裕を持って楽しめるダイビングなのです。

次回予告

第6回「減圧症はどのように起こるのか?」

浮上すると、体は「過飽和」の状態になります。

では、体に溶け込んだ窒素は、なぜ気泡になってしまうのでしょうか。

そして、その気泡は体の中で何を引き起こすのでしょうか。

次回は、減圧症の発症メカニズムと、知っておきたい初期症状について解説します。