~100年以上使われ続ける減圧理論の原点~
ダイブコンピュータの「ご先祖様」を知っていますか?
ダイブコンピュータは、水深や潜水時間を計算し、安全な浮上をサポートしてくれます。
しかし、その計算の基本となる考え方は、100年以上前にイギリスの生理学者 ジョン・スコット・ホルデーンが発表した減圧理論が土台となっています。
1908年に発表されたこの理論は、現在でも多くの減圧アルゴリズムの出発点となっています。
なぜ、100年以上前の理論が今も使われ続けているのでしょうか。
当時のダイビングは命がけだった
1900年頃の潜水は、現在のスクーバダイビングとは大きく異なりました。
潜水士はヘルメット潜水器を装着し、海底で長時間作業を行っていました。
しかし、浮上後に
- 強い関節の痛み
- 手足の麻痺
- 意識障害
- 死亡
といった事故が相次いでいました。
「ゆっくり浮上した方が良い」ことは経験的に知られていましたが、
どれくらいの速さで浮上すれば安全なのか
どこで止まればよいのか
誰にも分かりませんでした。
ホルデーンが考えた「人体はスポンジに似ている」
ホルデーンは、人の体を一つの塊ではなく、
窒素を吸収する速さが違う組織の集まり
として考えました。
分かりやすく例えるなら、
乾いたスポンジに水をかける場面を想像してください。
薄いスポンジはすぐに水を吸います。
厚いスポンジは中心まで水が染み込むのに時間がかかります。
人体も同じように、
- 血液が豊富な組織
- 筋肉
- 脂肪
- 骨
では、窒素を取り込む速さも、排出する速さも異なります。
この考え方が、現在でも使われている**コンパートメント(組織区分)**という考え方です。
体は一つではなく「複数の組織」で出来ている
ホルデーンは、
人体には速く窒素を出し入れする組織もあれば、
非常にゆっくり変化する組織もあると考えました。
例えば、
- 脳や血液は変化が速い
- 筋肉は中くらい
- 骨は非常にゆっくり
というイメージです。
つまり、
各組織に適した浮上しなければ、安全とは言えない
ということになります。
この考え方は、その後ビュールマンなど多くの研究者によって改良されながら、現在のダイブコンピュータにも受け継がれています。
「ハーフタイム」という考え方
ホルデーン理論では、
それぞれの組織が窒素を半分取り込む、または半分排出する時間を「ハーフタイム」として考えます。
例えば、
ハーフタイムが20分の組織なら、
20分で変化量の半分、
さらに20分で残りの半分、
というように徐々に変化していきます。
つまり、
窒素はスイッチのように「一気に出入りする」のではなく、
時間をかけて少しずつ体内を移動しているのです。
安全停止はここから生まれた
もし体内に残った窒素を急いで排出しようとして急浮上すると、
体内で気泡ができる危険があります。
そこでホルデーンは、
途中で止まりながら浮上する
という考え方を取り入れました。
これが減圧停止の始まりです。
現在のレジャーダイビングで行う安全停止も、この考え方を基本としています。
でも、ホルデーン理論は完璧ではなかった
ホルデーン理論は革命的でした。
しかし、その後の研究で分かったことがあります。
実際には、
理論上は安全とされるダイビングでも、小さな気泡(サイレントバブル)が体内にできている
ことが確認されたのです。
つまり、
「窒素が溶けている」という考え方だけでは説明できない現象が見つかりました。
この発見が、
- VPM
- RGBM
など、新しい減圧理論へと発展していくことになります。
LOVE&BLUEが考える減圧理論
ホルデーン理論を知ると、
「安全停止をしてください」
という教本の一文の意味が変わってきます。
ただ止まるのではなく、
体内の窒素を安全に排出するための時間
であることが理解できます。
知識が増えることで、
- 無理なダイビングを避ける
- 浮上速度を意識する
- 余裕を持ったダイブ計画を立てる
といった、安全につながる行動が自然と身につくようになります。
ダイビングは経験だけではなく、「なぜそうするのか」を理解することで、さらに安全で快適なものになります。
次回予告
呼吸した窒素は、肺からどのように全身へ運ばれ、浮上するとどのように体外へ排出されるのでしょうか。
減圧理論の基本となる「窒素の動き」を、解説します。
