~350年以上研究されても「絶対」は存在しない理由~
「どの減圧理論が一番安全ですか?」
ダイビングを続けていると、
こんな質問を受けることがあります。
「ビュールマンとRGBMではどちらが安全ですか?」
「GFはいくつに設定すれば正解ですか?」
「最新のダイブコンピュータなら減圧症になりませんか?」
どれも、とても良い質問です。
しかし、その答えに100%の正解はありません。
現在の科学でも、「100%正しい減圧理論」は存在しません。
だからといって、減圧理論が役に立たないわけではありません。
今回は、その理由について考えてみましょう。
減圧理論は350年以上進化を続けている
1667年。
ロバート・ボイルは、減圧によって動物の体内に気泡ができる現象を観察しました。
そこから始まった減圧研究は、
- ホルデーン
- ワークマン
- ビュールマン
- 気泡モデル
- Gradient Factors(GF)
など、数え切れないほどの研究を経て発展してきました。
つまり、
減圧理論は、
一つの完成した理論ではなく、350年以上改良され続けている科学
なのです。
なぜ「完成しない」のか?
その理由は、とてもシンプルです。
人間の体が複雑すぎるから。
例えば、
同じ日に、
同じポイントで、
同じ水深、
同じ潜水時間、
同じガスで潜った二人でも、
体の反応は違います。
なぜなら、
一人ひとり、
そして毎日、
体の状態が違うからです。
ダイブコンピュータは「平均的な人体」を計算している
現在のダイブコンピュータは、
非常に高性能です。
しかし、
計算しているのは、
平均的な人体をモデル化したものです。
実際のあなたの体ではありません。
例えば、
コンピュータには、
次のようなことは分かりません。
- 昨日の睡眠時間
- 水分補給の状態
- 疲労
- ストレス
- 飲酒
- 風邪
- 体温
- 血液循環
つまり、
その日の「あなた」は計算できないのです。
だから、
どんな最新のコンピュータでも、
100%安全とは言えません。
科学は「正解」を探しているのではない
ここで誤解しやすいことがあります。
科学は、
「一度見つけた答えを守る」
ものではありません。
新しい研究結果が出れば、
理論は修正されます。
例えば、
以前は、
ディープストップが非常に有効と考えられていました。
しかし、
新しい研究では、
深い停止を長く行い過ぎることにも課題があると分かってきました。
これは、
昔の研究が間違っていたわけではありません。
新しい知識が加わった
ということです。
科学とは、
常により良い答えへ近付こうとする姿勢なのです。
「安全」と「ゼロリスク」は違う
ダイビングでは、
「安全」という言葉がよく使われます。
しかし、
本当にゼロリスクのダイビングは存在するでしょうか。
答えは、
存在しません。
飛行機も、
自動車も、
登山も、
そしてダイビングも、
リスクをゼロにはできません。
大切なのは、
リスクを理解し、できる限り小さくすること。
それが、
安全管理です。
テクニカルダイバーは「余裕」を作る
テクニカルダイビングでは、
40mを超える深度や、
長時間の減圧潜水を行います。
それでも事故を減らせる理由は、
特殊な器材だけではありません。
最も重要なのは、
余裕を作ることです。
例えば、
- ガスは必要量より多く持つ
- 一人ではなくチームで潜る
- バックアップ器材を持つ
- コンピュータを複数使用する
- ダイブプランを事前に確認する
これは、
「事故が起きないようにする」
という考え方ではありません。
事故が起きても対応できるよう準備する
という考え方です。
この発想は、
レジャーダイビングにもそのまま当てはまります。
一番危険なのは「慣れ」
何百本潜っても、
何千本潜っても、
減圧症になる可能性はゼロではありません。
経験豊富なダイバーほど、
「今まで大丈夫だった。」
という言葉に注意が必要です。
海は毎日違います。
自分の体も毎日違います。
だからこそ、
毎回、
初心者と同じように、
器材を確認し、
ガスを確認し、
体調を確認する。
その積み重ねが、
安全につながります。
減圧理論が教えてくれた本当のこと
このシリーズでは、
350年以上にわたる減圧理論の歴史を紹介してきました。
しかし、
本当に大切なのは、
数式でも、
アルゴリズムでもありません。
減圧理論が私たちへ教えてくれたのは、
人間は自然を完全にはコントロールできない
ということです。
だから、
自然を理解し、
自分を理解し、
無理をしない。
それが、
最も安全なダイビングにつながります。
LOVE&BLUEが考える「正解」
私たちは、
「一番安全なダイブコンピュータ」
を探すことよりも、
「一番安全な考え方」
を身につけることが大切だと考えています。
最新の理論を学ぶ。
器材を正しく使う。
自分の体調を知る。
余裕を持ったダイブプランを立てる。
そして、
海に対して謙虚であること。
これこそが、
350年以上の減圧研究から私たちが学ぶべきことではないでしょうか。
減圧理論には、
まだ「完成形」はありません。
だからこそ、
私たちダイバーも学び続ける必要があります。
知識を深めることは、
より深く潜るためではありません。
より長く、安全に、そして快適にダイビングを楽しむためなのです。
次回予告
第23回「減圧理論を安全なダイビングへ活かす方法」
減圧理論を知っているだけでは、安全なダイバーにはなれません。
次回は、このシリーズで学んできた知識を、実際のダイビングでどのように活かせばよいのかを、レジャーダイバーにも実践しやすい形でまとめます。
