~ダイブコンピュータは、350年の研究の積み重ねから生まれた~
「減圧理論」は、今も完成していない。
ダイビングでは、ダイブコンピュータが浮上時間や安全停止を教えてくれます。
しかし、その計算のもとになっている「減圧理論」は、実は現在も研究が続いている分野です。
減圧理論の歴史は、およそ350年以上前までさかのぼります。
数多くの科学者や医学者が、「なぜ減圧症は起こるのか」「どうすれば安全に浮上できるのか」という疑問に挑み続けてきました。現在私たちが当たり前のように使っているダイブコンピュータは、その長い研究の積み重ねの上に成り立っています。
すべては一人の科学者から始まった
1667年。
まだスクーバダイビングどころか、水中で自由に呼吸できる器材も存在しない時代でした。
イギリスの科学者 ロバート・ボイル は、自ら製作した減圧装置を使って圧力の研究を行っていました。
実験中、真空に近い環境へ移したヘビの目に小さな気泡が現れることを発見します。
これが、人類が初めて「減圧によって体内に気泡ができる」現象を記録した瞬間でした。ボイル自身は気泡ができる理由までは説明できませんでしたが、この観察が減圧理論の出発点となりました。
ダイバーなら誰もが知っているボイルの法則も、この研究から生まれています。
産業革命が減圧症を発見させた
その後約200年。
産業革命が始まり、人々は橋や港、トンネルを建設するため、水中や高圧環境で長時間働くようになります。
当時の作業員は「ケーソン」と呼ばれる加圧空間で仕事をしていました。
ところが仕事を終えて地上へ戻ると、
- 関節が痛くなる
- 手足がしびれる
- 歩けなくなる
- 意識を失う
という症状が次々に発生しました。
当時は原因が分からず、「ケーソン病」と呼ばれていました。現在では、このケーソン病が減圧症(DCS)であったことが分かっています。
「なぜ起こるのか」が分からなかった時代
当時の人たちは、
「寒さのせいでは?」
「疲れすぎたからでは?」
「毒ガスを吸ったのでは?」
など、さまざまな説を考えました。
しかし、どれも決定的な証拠はありませんでした。
減圧症の原因が分からなければ、当然、安全な浮上方法も分かりません。
つまり、ダイバーや作業員は経験と勘だけを頼りに潜っていた時代だったのです。
減圧理論を大きく変えたホルデーン
1908年。
イギリスの生理学者 ジョン・スコット・ホルデーン が、減圧理論を大きく前進させます。
ホルデーンは、
「体の中には窒素が溶け込んでおり、急激に浮上すると、その窒素が気泡になる」
という考え方をまとめました。
さらに、
- 途中で停止すれば窒素を安全に排出できる
- 組織によって窒素の出入りする速さが違う
という考え方も提唱しました。
現在のダイブコンピュータの基本的な考え方も、このホルデーン理論から始まっています。
研究はここで終わらなかった
ホルデーンの理論は画期的でしたが、それで減圧症が完全になくなったわけではありません。
その後も、
- ワークマン
- ビュールマン
- ベンケ
など、多くの研究者が新しい理論を発表し続けました。
現在では、
- ネオホールデンモデルGradient Factors(ZHL16)
- 気泡モデル(VPM)
- 溶解ガスモデル(RGBM)
など、さまざまな理論がダイブコンピュータに組み込まれています。
つまり、現在のダイブコンピュータは「一つの理論」で動いているのではなく、350年以上にわたる研究成果をもとに発展してきたものなのです。
だから「絶対安全」は存在しない
ここで大切なのは、
減圧理論は100%完成した理論ではない
ということです。
現在でも減圧症は発生しています。
ダイブコンピュータの表示どおりに潜っていても、体調や疲労、水分不足、寒さなど、さまざまな要因が重なることで減圧症になることがあります。
だからこそ、私たちはダイブコンピュータを「絶対に正しい機械」と考えるのではなく、安全に潜るための優れたサポートツールとして活用することが重要です。
LOVE&BLUEが考える減圧理論
減圧理論を学ぶ目的は、難しい数式を覚えることではありません。
大切なのは、
「なぜそのダイビング計画なのか」を理解することです。
水深、潜水時間、浮上速度、安全停止、呼吸、水分補給、体調管理。
これらはすべて減圧理論とつながっています。
理由を理解すれば、教本の内容を丸暗記するだけではなく、その日の海況や自分の体調に合わせた判断ができるダイバーへと成長できます。
次回予告
現在のダイブコンピュータの基本となっている「組織コンパートメント」とは何か。
100年以上使われ続けているホルデーン理論を、解説します。
